超絶技巧のテクニックの持ち主、エキセントリックでもある演奏スタイル、天真爛漫的な音楽センス。
これが初めてランランに出会ったときの印象です。
出会ったといっても、今から9年、いや10年前でしょうか、テレビをつけたらちょうどピアノ協奏曲のコンサート録画を放映中で、曲目はラフマニノフピアノ協奏曲第3番でした。
演奏に集中し、あたかも自己に陶酔しているが如く見せる多彩な表情に滑稽さを感じながらも、アジア人でありながら欧米人を凌駕するテクニックを目の前にして、驚愕と感銘を覚えました。
ランランの演奏は、聴覚に専念した方がより一層彼の音楽性を把握することができるかもしれません。
ピアニストの実力をさらけ出してしまうと言われる第1楽章のカデンツァ(オッシア編)では、これを情緒豊かに完璧に弾きこなしており、卓越したテクニックと音楽性を有するがゆえに自在に演奏していることがわかります。
音楽性が豊かでもテクニックが追従できない演奏家は、このようなパートでは弾くことに優先せざるを得ず、演出は後付になってしまうのです。
写真は、ピアノ協奏曲第2番、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団です。
購入のトリガーとなったのは、ランランであることはもちろんですが、巨匠ゲルギエフというのが決定的でした。私の中では最高の共演です。
ゲルギエフの大局観は期待以上で、重厚でどっしりとした情感の表現はロシア色を随所に感じさせ、ラフマニノフ音楽の素晴らしさを存分に味わうことができます。
ランランは、ヴィルトゥオーソ(virtuoso)の力量をいかんなく発揮しますが、真骨頂である個性を突出しすぎることがなく、まるでオーケストラを構成する楽器のひとつのように意識し、見せ場ではテンポ・ルバート(tempo rubato)で美しい旋律を奏でるといったように、ピアノとオーケストラが見事に両立した名演に仕上がっています。
個性豊かなピアニストの協奏曲は、その個性側に曲全体が偏りがちですが、ことランランにかけては、協奏曲全体での表現を最優先に捉えて演奏しているようです。
天真爛漫な音楽性ゆえに、ピアノ独奏では演奏曲により好き嫌いが明確に分かれるピアニストでもありますが、ピアノ協奏曲ではその感性が良い方向に発揮されていると思います。
ちなみに、比較の意味でラフマニノフ自身の演奏録音も聴いてみました。当のご本人も圧倒的テクニックの持ち主であることは周知の事実ですが、作曲家がイメージしているテンポが思った以上に速いのが一興でした。
参考までに、YouTubeからランランの演奏を2曲紹介します。
1曲目は、ラフマニノフピアノ協奏曲第3番第1楽章の途中からカデンツァを経て終わりまで。
2曲目は、ドン・ジョヴァンニの回想(リスト)の後半です。カーネギーホールのスタンディングオベーションに合わせて、私もモニタに向けて拍手を送っていました。
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