下野(しもつけ)薬師寺跡/日本三戒壇の名残

薬師寺と言えば、国宝、重要文化財、世界遺産に登録されている奈良市西ノ京町の薬師寺があまりにも有名ですが、ここ栃木県下野市(しもつけし)にも薬師寺があります。

戦国動乱の渦中に焼け落ち、いまでは遺跡として史跡名勝記念物(国指定文化財)に登録されています。

薬師寺の本尊は薬師如来です。薬師如来は東方浄瑠璃界の教主で医薬を司り、衆生の病気を治し安楽を与える仏とされています。ちなみに西方極楽浄土の教主は阿弥陀如来になります。(以前信州善光寺を訪れましたが、善光寺の本尊は阿弥陀如来です)。

※浄土は仏・菩薩が住む清浄な国のことで、阿弥陀仏の西方極楽浄土、阿閦仏(あしゅくぶつ)の東方妙喜世界、薬師仏の東方浄瑠璃世界、弥勒菩薩の兜率天(とそつてん)、観音菩薩の補陀落山(ふだらくさん)などいろいろあるそうです。

下野薬師寺は7世紀末ごろに建立されたらしいですが、ときは平城京の奈良時代、仏教には国家を守護・安定させる力があるとする「鎮護国家」思想で内政の安定化が推進され、下野薬師寺は東国(東日本)の仏教施策を担う重要な寺院として位置づけられていました。

仏教の隆盛に伴って僧侶の資質も厳しく評価されるようになり、僧侶として認められるためには戒律遵守を誓約する“受戒”の儀式を受けなくてはなりません。

その“受戒”の儀式は“戒壇(かいだん)”という場所でしか行えないのですが、“戒壇”を有する寺院が、奈良(畿内)の東大寺、福岡県太宰府市(九州諸国)の筑紫観世音寺(ちくしかんぜおんじ)、そしてこの下野薬師寺だったのです。これらは“三戒壇”と呼ばれていて、特に下野薬師寺は関東と東北の僧侶に戒を授けることのできる寺院でした。

瓦葺き屋根の回廊建物の一部が、奈良時代の遺構にならって復元されています。当時の回廊の規模は、東西約110m、南北約102mにも及ぶ巨大な回廊だったそうです。

建物の形、屋根、外回りの柱、礎石(そせき)までが正六角形の珍しい仏堂、安国寺(あんこくじ)六角堂です。安国寺は仏教寺院の名称で、南北朝時代に足利尊氏、直義兄弟が日本各地に建立した寺院と仏塔です。

この六角堂はかっての下野薬師寺戒壇跡に建てられたそうな。

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